中国プログラミング教育最前線(1)山東大学ソフトウェア学院
八つの基礎をたたき込んでIT職人を輩出──山東大学ソフトウェア学院

 成長著しい中国。その勢いを象徴するのが、ファーウェイやアリババといった世界的なIT企業だ。中国全土から毎年多くの学生がIT業界での成功を夢見て就職し、めざましい成果を上げ続けている。今の中国を力強くけん引しているIT業界の人材は、どのように育てられているのか。古くから対日アウトソーシング市場で日本と関係が深い山東省を一つの例としてピックアップし、大学や関連する教育機関でコンピュータ教育に携わる人たちを取材することで、日本のコンピュータ教育のこれからと、世界最大の市場としての中国の行く末を占う。第1回は山東大学ソフトウェア学院(学部)の崔立真副院長に話を聞いた。

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山東大学ソフトウェア学院の崔立真副院長

中国2番目の国立大学が掲げる「基礎力重視」

 山東省で最も有名な山東大学は、およそ6万人の学生を有する中国有数の総合大学だ。1902年、北京大学に続いて2番目の国立大学として誕生。山東省の省都、済南市にある6カ所のキャンパスに加え、威海と青島にもキャンパスをもつ。今回訪れたのは、済南市にあるソフトウェア学院だ。ハードウェアを扱うコンピュータ科学技術学院も同じキャンパスに位置する。トムソン・ロイターが2013年11月に発表したESI(Essential Science Indicators)によると、山東大学はコンピュータ科学の分野で世界の大学の上位1%に入り、国際的にも大きな存在だ。

 コンピュータ専門の学科が設置されたのは1979年で、40年近い歴史がある。学生数は、ハード系とソフト系、合わせて学部生が約2000人で、博士・修士課程には約700人が在籍している。専任の教員は111人で、うち教授が33人、准教授が57人、助教授が21人という布陣だ。16人がアメリカやカナダ、シンガポール、ドイツなど、海外の大学の博士号をもっている。

 山東大学は、学生の基礎的な研究開発力の育成に力を入れている。中国全土でも指折りの大学で、学生のレベルは高い。そこにコンピュータの基礎――コンパイラ原理、オペレーティングシステム、離散数学、データベース原理、データ構造、ソフトウェア工学、コンピュータネットワーク、計算機原理の八つ――をたたき込む。これらは技術がどれだけ急速に進展しても変わらないコンピュータの中核で、この理解がしっかりしていれば応用がきく。

 4年間の大学生活のうち、最初の2年は基礎を中心に学び、残り2年は具体的な研究内容を選択し、学んでいく。最近はIoTやAI、ビッグデータなどに関連するものが多いという。ファーウェイやアリババのような中国のIT先端企業では、ビッグデータ解析やスマートフォンの開発などの仕事が多く、研究内容もこれに沿った内容が多くなっている。基礎を重視しながら、4年生の前半ではほとんどの学生が企業のインターンシップに参加。就職の方向性を見定めながら実践力を身につけ、後半に卒業設計や卒論に取り組む。

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山東省済南市の山東大学ソフトウェア学院

就職先は国内IT企業がほとんどで海外は1%未満

 北京大学のような中国でトップクラスの大学の学生はたしかに優秀だが、就職率は低い。留学したり、大学院に残ったりする学生が多いのだ。しかし山東大学の学生は、学部卒業後、およそ5割が就職。企業に多くの学生を輩出する。さらに「忠誠心」や「やり遂げる力」の育成も重視していることから、就職先での離職率が低く、企業からの人気は高い。就職先はほとんどが中国国内の企業で、IBMやGoogleといった海外企業に就職する学生は1%にも満たない。最近は日系企業への就職もほとんどないという。

 山東省は早くから日本のアウトソーシング事業に取り組み、以前は日系企業への就職も盛んだった。なかでもNECは、1990年代に奨学金を出して山東大学で講座を開きながら、毎年10名以上を採用していた。この頃は中国のIT企業が立ち上がりつつあった時代で、給与も日系企業が中国の倍の水準にあった。しかし昨今の国内企業の発展で人材の需要が高まり、給与水準が逆転。NECは2006年に奨学金制度を終了し、相前後して山東大学から日系企業への就職も途絶えた。しかし、山東省での対日アウトソーシングビジネスはいまも継続していて、依然として日本語教育も盛んだ。

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コンピュータ関連はハード系学科とソフト系学科の2学科。ハード系学科はまもなく青島に移転する

大学での一つの目標がACM-ICPCでの好成績

 山東大学では、プログラミング学習の一つの目標として、ACM-ICPC(国際大学対抗プログラミングコンテスト)の決勝大会への進出を掲げている。ACM-ICPCはプログラミングと問題解決能力を競う世界大会で、アメリカのACM(Association for Computing Machinery)が主催し、IBMが20年以上にわたってサポートしている。大学ごとに3人一組のチームが出場。全世界で3万人を超える学生が参加する大きな大会で、国別で勝ち上がった大学がエリア別の大会に出場。各エリアを代表する出場校を選出し、主にアメリカで決勝が行われる。山東大学はこのアジア大会で優勝した経験があり、2008年にアメリカでの決勝大会に進出した。結果は47位だったが、2011年にも決勝進出を果たしている。

 中国の若年者向けコンピュータ教育には、いまのところ日本のように小学生から教えるような計画はない。高校までは、大学受験のための勉強が主体だ。しかし最近は、中学や高校でもコンピュータやソフトウェア開発の基礎を教えるようになってきた。興味があればプログラミングコンテストなどに参加することができ、そこでよい成績を収めると大学入試に有利に働くこともある。

ビッグデータやIoT、AIの研究が盛ん

 山東大学は、政府支援の研究所として、国立電子商取引技術研究所や暗号・情報セキュリティ研究所、デジタルメディア技術研究センターなどを擁する。また政府や企業から、さまざまなかたちで年間2000万元(日本円でおよそ3億5000万円)の補助金が支出されている。研究の成果は、社会保障や公衆衛生、交通管制、電力事業など、政府に貢献するソフトウェア製品に広く活用されている。

 直近の研究成果としては、コンピュータグラフィックスと可視化の分野では、大都市のモデル化やシミュレーション・可視化、アニメ制作に利用する大規模並列レンダリングシステム、デジタル・マルチメディアプレゼンテーション生成、大気汚染のモニタリング・可視化など、またビッグデータ解析では、SNSを使った意見解析と感情分析(ユーザーの製品評価にもとづく売上予測モデル)などがある。

 基礎を重視しつつも、インターンシップを通じて企業のニーズに応じた実践力を身につけ、中国IT業界のトップランナーを送り出す――それが山東大学ソフトウェア学院だといえるだろう。
(BCN・道越一郎)