中国プログラミング教育最前線(2)青島農業大学・青島英谷教育科技

 中国山東省で日本人に最もなじみ深い都市が、ビールで有名な青島だろう。済南から高速鉄道(中国の新幹線)で2時間半と、東京からみた神戸に近い感覚だ。今回は、その青島にある青島農業大学と、大学と連携して教科書を編纂するなど、企業とのパイプ役になっている教育センター、青島英谷教育科技(英谷教育)を取材し、コンピュータ関連の教育概要や、産学連携で実践力のある人材育成の取り組みをまとめた。

農業への応用を経てIT全般の教育へ拡大──青島農業大学

 青島農業大学では、産学協同部門の責任者でIoTを専門に研究している王蕊 先生に話を聞いた。農業の情報化やトレーサビリティなどの農業のIoT、農業関連の画像処理が専門で、40人ほどが研究に取り組んでいる。最近は、シイタケをはじめとする菌類の育成環境測定や温室の環境測定など、IoT関連の研究を行っているという。

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現在の青島農業大学は総合大学として幅広い学部・学科をもつ

 大学は、農業関連の学部に加えて経済系や外国語系芸術系など、14の学部と77の学科があり、3万人の学生を擁する。その名の通り農業の専門大学としてスタートしたが、2007年に総合大学に移行した。コンピュータ関連の学部は科学情報学部で、学科はコンピュータ科学・技術学科、電子情報科学技術学科、通信工学学科、電子情報工学学科、情報・計算科学学科の五つ。学部全体でおよそ3200人の学生が在籍している。

 コンピュータ科学・技術学科はソフトウェアが研究対象。電子情報科学技術学科と電子情報工学学科はロボットやAI関連で、通信工学学科は主にIoTを研究する。情報・計算科学学科は数学を取り扱う学科で、ビッグデータ分析やアルゴリズム研究などに取り組んでいる。中心となる学科は、ソフトウェアを学ぶコンピュータ科学・技術学科。専攻科は、対日アウトソーシング、クラウドコンピューティング・ビッグデータ、移動通信の三つに分かれている。

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産学協同部門の責任者でIoTを専門に研究する王蕊先生

ソフトウェア関連学科が盛ん。いまも残る対日アウトソーシング専攻

 コンピュータ科学・技術学科では産学連携での実践的な人材教育が盛んで、1年生から3年生までは大学内で過ごし、4年生になると全員が青島英谷教育科技の教育センターで実践的な教育を受け、巣立っていく。卒業生のおよそ9割が就職し、大学院に残るのは1割。就職先は、ソフトウェア開発関連が5割。ハードウェア関連が2~3割だという。

 気になるのは、対日アウトソーシング専攻だ。創設は2008年で、中国で最も早かった。当時、対日アウトソーシング対応人材への需要が大きく、他の多くの大学にも似たような学科があった。しかし近年、中国国内IT企業の成長とともに人材需要の中心が国内企業へとシフトし、現在ではほとんどの大学で対日アウトソーシングの専科はなくなった。しかし青島農業大学は、まだ残る需要に応えるために存続させている。

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五つの学科を有するコンピュータ関連の科学情報学部

 AIやロボット関連の学科は開設からまだ日が浅いこともあって、教育の深さや中身がまだ整っておらず、卒業生の就職実績もほとんどない。一般に中国で学生たちが最も重視するのは就職であり、就職に関して心配がある学科はまだ学生数が少ない。

ごく平均的なレベルの青島農業大学

 青島農業大学は山東省では平均的な大学で、入学してくるのはほぼ中程度の学力をもつ学生だ。コンピュータ関連の学生は9割が山東省内から入学する。高校である程度までコンピュータの基礎知識を学び、近年そのレベルは高くなりつつある。大学では、基礎理論教育の一方で、JAVAやC#などを使ったプログラミング言語を学んでいく。

 入学直後の1年生の学習意欲は高いが、学年を重ねるとともに勉強以外のことに目が向き始め、学習意欲は下がってくる。しかし、企業から講師を招いた開く講座は人気が高い。例えば、企業の視点で何を勉強すれば将来に役立つか、という内容などで、就職に直結するとあって学習効果は高い。

 青島農業大学でのIT教育は、関連学部ができた2000年に始まった。もともと農業の研究が中心だったカリキュラムから、2007年に総合大学になり、企業と連係して実践的な教育を始めたのが2008年だった。この頃から、急速に成長する中国のIT産業に人材を供給するための教育が盛んになった。大学と教育アドバイス企業、就職先企業の三者が連携して即戦力を養成する取り組みは、中国では珍しいという。

13の大学と連携して即戦力を養う──青島英谷教育科技

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青島英谷教育科技。連携する大学の4年生はこの校舎で勉強する

 中国の大学教育の悩みの一つが、大学で勉強した科目が就職した後に役立たないということだ。特にIT関連では、どのような人材に企業の需要が高く、どのような技術が求められているかは日々変化する。大学はその変化を把握できないので、企業で求められていることを大学で教えることができない。このミスマッチを企業と大学の間に入って解決しようとしているのが、青島英谷教育科技(英谷教育)だ。韓敬海取締役執行役員に話を聞いた。

 英谷教育は、「使えるものを勉強しよう」という役に立つ教育の実践を掲げ、青島農業大学をはじめ山東省だけで13の大学と連携し、学生への実践的な教育に取り組んでいる。これまで1万人以上が卒業し、現在は2万人が在学している。この9月には、吉林省の25の大学と連携して年間7000人を対象に教育を開始した。来年には黒竜江省と湖南省にも連携を広げる予定だ。

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青島英谷教育科技の韓敬海取締役執行役員

 大学と英谷教育の連携は、学生の募集に始まり、IT関連の科目を中心とするテキストの編纂やそのテキストを利用した授業手法教育、さらに4年生を対象とする教育センターでの直接教育・企業実習のアレンジ、就職面接会の実施までを網羅する。3年生までは大学での教育をサポートし、4年生に対しては直接実践的な教育を行う。ポイントは、企業の需要に応じたカリキュラムの編成やテキストの編纂だ。独自のネットワークや就職した卒業生を情報源にしながら、企業での人材ニーズや技術ニーズをヒアリングして、その内容をテキストやカリキュラムに反映する。そしてこれを常に更新し、実践的な教育を実現する仕組みだ。

ITを中心に5分野でのユニークな取り組みが産学連携のモデルに

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青島英谷教育科技が企業のニーズを盛り込んで編纂する分厚い教科書

 対象の科目は、大きく分けて5分野。IoTと自動車のインターネット、AI、ロボットなどを扱う工業自動化類、ソフトウェアアウトソーシング、モバイルインターネット、ビッグデータを扱う技術化類、金融・経理、インターネット金融を扱う金融・財務類、インターネット商務、物流などを扱う電子商取引、そして英語、日本語、海外電子商取引を扱う外国語類だ。IT系の分野から金融・電子商取引などの関連分野に拡大し、さらにアウトソーシング受託に欠かせない外国語という構成だ。近く介護関連の学科も対象にする計画だ。テキストの数は60冊を数える。収益構造は、大学に対するテキスト提供と各種サポート、4年生向けの直接教育について、大学側が授業料から一定割合を英谷教育に支払うかたちになっている。

 韓取締役は、「現在の日中関係は必ずしもいいとはいえないが、両国の文化における関連性の深さを背景に、両国の連携を深めていかなければならない」と指摘。特に「IT人材が不足する日系IT企業への中国人技術者の投入や、高い技術力をもつ日本人技術者の中国市場での活躍などがより必要だ」と説く。「いずれ中国人が日本で働き、日本人が中国でも働くことがあたりまえになる」とも話した。英谷教育は、来年末の完成を目指して、3万8000㎡の敷地をもつ新キャンパスを建設中だ。加速度的に連携校を増やし、中国の産学連携で一つのモデルになりつつある。(BCN・道越一郎)

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3万8000㎡の敷地に来年末完成予定の新キャンパス